過去との決別は、過去への労いから始まる
本日、組織内の研修発表会(年次)が行われた。
メインは、次期システムの概要説明と皆の意識を一つにするための啓蒙だった。
今日を境に、総力戦に突入する。スクランブル体制だ。
つまり、今まではプロジェクト室だけで動いてきたが、これからはみんなで作り上げていく。
特に、パッケージにおけるテスト検証は現場が命だ。
だから、どんどん現場に振って行く。
その「覚悟」を促した場でもあった。
しかし、パッケージそのものの出来が悪いから、外付け機能でラッピング(お化粧)して、何とかサービスインに漕ぎ着けようとするのは本末転倒な気がする。
それを百も承知で、良い部分を多めに話をした。
確かに、「コレもできない・アレもできない」といった説明では、「じゃあ、なんで選んだの?」と言われてしまいかねない。
パッケージはもう買ってしまったのだから、何とか運用できるレベルに昇格させないと意味がない。
「システムありき」では業務は動かない。
まず「業務運用をこう変えたい」という目標があって、パッケージでどこまでできるかの検証を早めに行って、だからこそ「システムをこうする」といった流れで進めなくてはならない。
つまり、システムにメッキをするのではなく、運用に合わせたてこ入れだ。
「パッケージ流用」とか「カスタマイズ」といったレベルではなく、パッケージコアをブラックボックス化して、API化して、外付け機能で現場運用とつなぐモデルだ。
しかし、それにしても、現システムを必死で背負ってきた自分にとって、今日の一日は、何とも寂しい思いをする一日となった。
私(たち)にとって、今日は、過去(現行システム)との決別を意味する。
確かに、未来へと一歩踏み出すには、過去を部分否定(もしくは全否定)しないと、思い切って進めないのが世の常だとは思うが、しかし、そこには少なからず「過去への労い」は忘れてはならない。
過去を十分に労って、未来への一歩を踏み出したい。
未来への成功は、過去の「否定」ではなく、過去からの「積み上げ」なのだから。